〜バンクーバー国際映画祭2連覇達成〜
~『Reflection』に映る真の光景~
松林要樹監督といえば『花と兵隊』、『相馬看花 奪われた土地の記憶』そして去年バンクーバーだけでなく、ヨーロッパ諸国など世界各地の映画祭で招待を受け、ドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した『祭の馬』で知られる。ドキュメンタリー映画を本のような記録に残したいと思いながらカメラを回す監督は、自分の心に残ったり、魅了されたり、考え込んだりした時つい後ろからカメラを取り出して撮影していることから「バックパッカーの監督」と呼ばれることもある。
初めて人に見せる上映はバンクーバーで
今回の映画『Reflection』は、バンクーバーが大好きな監督らしく、一人で作った世界プレミア作品。前3作とは全く違うスタイルで、抽象的な要素を取り入れた。ガラス、鏡、水などから反射した17カ国の景色を一つのカメラの視点から眺めるような作品。撮影中「変な人だ」と思われたぐらい24時間同じ場所にいたこともある。サントラや外部の音楽効果に一切頼らず、実際の物音だけで作っているドキュメンタリー。現代のスマートフォン世代など、観客を引き込む映像もあった。反射するものを探しながら、都市では建物を使った反射を撮影できるが、田舎では水からしか撮影できないという発見もした。
映画祭や撮影で世界を訪ねると、監督は自分が知らなかったり、マスコミで報道されているものと違う光景を見るそうだ。中でも印象に残るのはカナダでは見られない沖縄と香港のデモンストレーションで、どちらの国か区別がつかないぐらい映像が混じる。ある警察官のふとした表情から彼本来の人間性やジレンマすら感じさせたり、空腹で歩きまわったあげく泥水を飲むインドの白馬など松林監督独特の皮肉で優しい描写も欠かせない。「世界は今同一化している。特に最近同じようなことが起きていると感じることが多い。その事を合わせながら伝えたかった」と監督はいう。
上映後のQ&Aでは「映画の技法がとても素晴らしかった、ありがとう」「去年ここで『祭の馬』を観た者です」「デビュー作も観ました」など、ファンであると述べたり感謝してから質問に入る観客が多かった。監督は「英語がとても苦手だ」と話しながらほとんど通訳なしで観客に応えていた。『祭の馬』のプレッシャーから解かれたような笑顔で、「これから一旦日本に戻ってすぐ次の撮影のためにブラジルへ移動するんです」と話す松林監督。ブラジルが舞台となる次作もバンクーバーで上映されることを期待したい。
インタビュー:松林要樹監督 #1
~「祭りの馬」を語る~
後世にこの馬たちの話を伝えたい
馬との出会い
「花と兵隊」、「相馬看花 奪われた土地の記憶」やバックパックで知られる松林監督は始め人を撮るために被災地へやってきた。立ち入り禁止区域内で偶然撮った馬が数日後餓死したと知りかなりショックだった。なぜあの時餌を与えなかったのかと自分を責めた。そして南相馬で3ヶ月間、馬の世話のボランティアをすることにした。
初めてミラークエストの腫れた男性器を見た時、「いたっ」と思ったそうだ。男だからわかる視覚で、決して馬のことではすまされなかったという。そして自分の中で原発のキノコ雲の形とミラークエストの性器の形が比喩的なイメージとしてつながった。避難生活を送るうち一時小さくなり回復かと思われたミラークエストの性器も、その後いきなり去勢されてしまう。それも日本の切り捨て社会を象徴しているように感じた。ならこのミラークエストを絵本やおとぎ話のように後世に残したいと思ったそうだ。
飼育の世話をしていて初めて「砂浴び」をする馬を見た。その時馬は全身で感情を表現するいきものだと気づいた。よく観察すると雷がなった時の耳の様子などいろいろな感情表現をする。そんな馬にどんどん魅せられていったという。
大震災が変えた馬と人間との関係
東北大震災は馬と人間の関係を変えた、と監督は話す。通常馬は競走馬か祭りに使ってあとは食用馬肉という、人間にとって利益を得るための手段だった。しかし被災して戻った飼い主は生き延びた馬達を見て餌をあげ続けた。国から処分命令が出ても殺さず、お金のかかるペットにしてしまった。自分の儲けが全てなくなったのに一ヶ月4万円も馬に使う。その上自分になついていた馬の昔話をして「おれも年をとった」などと言う。震災がもたらした人間の心の変化も夢中でカメラに収めた。
一時ミラークエストが吊られているような光景があった。監督は「ちくしょー」という馬の気持ちを表現したという。しかしミラークエストはまだ生きている。震災で食用肉になれず、また飼い主に処分もされず、今年も祭りに出る。監督の表情が少し明るくなった。
松林監督にドキュメンタリー映画の制作について尋ねると、撮ろうと思っている物があるならあきらめないでほしいと答えてくれた。うまくできなくてもまず作り上げてほしい。監督自身も見直すとまた編集したくなるし、時間が経つとあの時こうしておけば良かったと思ったりもする。「だから自分でもう一回見るのがいやだ」と笑った。そして「制作費の問題はある」、「一喜一憂はできない」「でも腹を決めたらやりつづけること」と言ってしばらく間をおいた。「僕、これの第一部で震災で取り残された人を追ったんです。。。だから続けていけると言う事は運がいいということなのです」ときっぱり答えてくれた。
バンクーバー国際映画祭「祭りの馬」の初日、月曜日の朝は雨が降っていた。しかし上映前に2列の長い列ができ、その半数以上がカナダ人だった。「乗馬をしていて馬が好きだから」という女性もいた。 上映後のQ&Aでも英語の質問が多かった。監督は自称「シャイ」でサングラスをかけているが、言葉を選んでとても丁寧に答えていた。 観客から「犬は好きだが、今までこんなに馬のことを考えた事がなかった」「奥さんを連れてもう一度来たい」などの声が上がった。祭りの馬は日本だけでなくカナダの人々にも感動を与えた。
監督の次作はブラジルのサンパウロが舞台。福島を故郷とする日系ブラジル人一世のおばあさんが、58年ぶりに帰国を考えている作品。今現地で撮影中。早ければ来年にも完成するので大いに期待したい。
バンクーバーは世界で一番住みやすそうで、また戻って来たいと笑顔で話してくれた監督。足元にはもちろんバックパックと三脚があった。
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