河瀬直美 監督

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門

~求める何かになれなくても生きる意味がある~

やり残したことはありませんか?

第68回 カンヌ国際映画祭「ある視点」部門オープニングに登場したのが河瀬直美監督の映画『あん』。「カンヌおなじみの」と紹介された河瀬監督は受賞以外にも審査委員を務めるなどカンヌ祭と縁のある方だ。今年で同映画祭出品は7作目となり、フランス現地でも知名度が高い監督。今回忙しいスケジュールの中マリオットホテル屋上にてプレス•インタビュー後写真撮影に応じてくれた。

~ストーリー~

前科者でどら焼き屋の雇われ店長をしている千太郎(永瀬正敏)のもとへある日、求人募集広告を見た老女•徳江(樹木希林)が現れる。彼女の作る粒あんがあまりに美味しくて、店がどんどん繁盛していく。そんなある日、徳江が昔ハンセン病を患っていたことが近所の噂になり、客足が一気に遠のいた。状況を察した徳江は、自ら進んで店を去る。そして…。

河瀬監督はドリアン助川さんの原作を読み「目に見えないものが描かれていて、それは映画にとって描きづらいもの。だからこそ作品にしたい」と感じたそうだ。ストーリーにあるハンセン病だが日本では「らい予防法」により近年まで法律によって元患者たちを隔離してきた。しかし法律がなくなった後も顔や手足が変形することから差別や偏見の対象となっていたそうだ。原作者の助川さんは隔離された人々が実際に残した詩、小説、絵、陶器などを見たとき、人は一体何のために生きるのか、人生をまっとうするとはどういうことかと考えさせられたという。河瀬監督もハンセン病患者に対して日本は大きな間違いを起こしたとし、日本が誇るスイーツの「あん」を通して若い世代にこの事実を知ってもらい、また世界中の差別や偏見はこれからも続く問題だが、自分自身は可能な限りなくす立場で生きるという作品にしたと話した。

この映画には共に俳優歴30年以上のベテランである樹木希林さんと永瀬正敏さんが共演している。見所は樹木さんが一生懸命あんを作るシーンだ。この作品のために二人はそれぞれどら焼き作りを勉強し練習を重ねた。樹木さんは「どら焼き、とても好きだったんですけど食べ過ぎて、もう結構です」と周りを笑わせた。今回は実孫の内田伽羅(うちだきゃら)さんと映画初共演している。

ベテラン俳優の永瀬正敏さんは1989年のアメリカ映画、ジム•ジャームッシュ監督の『ミステリー•トレイン』以来のカンヌ祭。彼は去年大森立嗣監督の『まほろ駅前狂騒曲』にも出演しバンクーバーでも馴染みがある。これまで自分のやり方で役作りをしていたという永瀬さん。しかし今回千太郎でないとだめという河瀬監督の要求に応じるため、千太郎の出身地を一人で訪ね、実際にお風呂のないアパートで生活しどら焼きも売った。千太郎として生きて彼の心を感じて撮影現場へ向かったそうだ。そんな「河瀬流」の丁寧な演技要求は彼にとって良い勉強になったと語ってくれた。

主人公の、陽のあたる社会で生きたいという願いを見つめるこの作品には、フランスとドイツも制作に加わっている。季節の移り変わりを優しく盛り込んだ河瀬監督ならではの美しい映像も必見である。「常に自分が共感したものを残したい」と語る監督が「この作品を2時間観ていただいた後、人間にとって本当の幸せはどこにあるのかと胸に刻んで今宵を過ごして頂ければ幸せです」と紹介してくれた。映画『あん』の北米上映を期待したい。

河瀬直美監督のプロフィール

奈良県出身。 初の劇場映画『萌の朱雀』(1997)でカンヌ国際映画祭のカメラ•ドール新人監督賞を史上最年少で受賞。その後も『殯(もがり)の森』(2007)でグランプリ(審査員特別大賞)と、『火垂』(2009)で映画祭に貢献した監督に贈られる「金の馬車賞」を受賞。2013年には日本人監督として初めてカンヌの審査委員(コンぺ部門)を務め、今年1月にはフランス芸術文化勲章(シュバリエ)を日本人女性映画監督として初めて受章。今後も世界中から活躍が期待される国際的な監督だ。

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