~ロッテルダムの話題をさらった異色の作品~
「すごい日本映画がきている」、今回のロッテルダム国際映画祭のプレスセンターで噂されていた『海を感じる時』。この安藤尋(ひろし)監督の新作は「インターナショナルプレミア」として映画祭のスペクトラム部門(高い実績を持つ監督の作品)に出品された。地味で宣伝もなかったにもかかわらず、日本映画の中で最も多く各賞にノミネートされた。現地の映画祭新聞でもスペシャルとして取り上げられるほど、一際目立った作品だった。
ストーリー
恵美子と洋(ひろし)は高校の後輩と先輩。恵美子は洋に惹かれるが、洋にとってはただの遊び相手だった。それでも一緒にいたいと洋の思うがままに深い関係を続ける恵美子。そんな時恵美子は見知らぬ男性出会う…。一人の少女が大人の女性に成長していく姿を描いた物語。
原作は1978年に「文学上の事件」と評された中沢けいさんの衝撃作で時代は70年代。なぜ映画の舞台を現代に置き換えなかったのだろう。安藤監督は「そういう話もあった。しかし時代が違うと、主人公の内面的な部分を含めた二人の関係が成立しにくい。主人公の恵美子の行動も現代だと『どういう子なの?』『頭おかしいよ』などと受け入れられない部分がある」と考えたそうだ。「あの時代だから」「過去の恋愛話」だから今の人に素直に受け入れられやすかった。そして過去の話を現代の人が演じるということで現代性も表現したかったと話す。さらに「時代にあった主人公を描くことで過去から今が見え、失ったもの、残っているものなどがより見えてくる」と監督はいう。
監督も俳優も「逃げずに」映画製作
気になる性的描写だが、その部分も隠さずに描きたかったと監督は語る。監督のデビュー作はポルノ映画で、脚本は日活ロマンポルノも手がけた荒井晴彦さんだけに、人からどのような反応があっても「逃げずに」撮影・演出する覚悟が必要だった。しかしポルノ映画にありがちな「ストーリー、からみ、ストーリー、からみ…」と機械的に構成されていくのでなく、今回は主人公恵美子を追っていく中で、どういう感情を入れていくかに気をつけたそうだ。これらのシーンは主人公の痛々しさや魂の孤独を描写するのに効果があったと監督は話す。主演の市川由衣さんと池松壮亮さんも、ただの「からみ」でなく感情の入った「芝居」と意識して取り組んでくれたそうだ。
日本では今でも「脱ぐ」ことが女優としてマイナスなイメージを持たれると監督は続ける。実際にイメージが悪いからとコマーシャルに出られないことがあるそうだ。この映画製作は当初なかなか思うように話が進まず、一度中断した。その1年後、市川さんが脚本を読んでこの役を引き受けてくれたことは、映画にとって大きかったと監督は話す。役について監督は市川さんに、「ただ男にすがっていく弱い女の子の話ではない。理屈で固まった彼を引きずり下ろして自分と同じ土俵で戦いたい。なぜあなたは自分だけを守ってそこにいて、私の場所に下りてこないの、というように恋するものとして戦っていく。しかし彼が居心地の良い生活を求めた瞬間に、それは今まで私が戦ってきたあなたと違うと突っぱねる、そんな女の子なんだ」と説明した。「恋愛は理屈でない。また女の子は強い」という部分も描きたかったそうだ。
しかし上映後、監督はあるオランダ人女性から、主人公の恵美子に共感するのが難しいと聞かされた。確かに表面的に見ると男性の思うがままに体を提供し、自主性のない女の子と思える面もある。しかし監督は、恵美子は強い感情を持ち、自分の欲しいものを手に入れようと戦っていて、むしろ戦いに負けたのは洋かもしれないと語る。見かけと違い、素直で理屈っぽく、何が欲しいのかわからなかった男。建前ばかりで恋愛の用意すらできていない彼は、自分の気持ちを正直に告げて恵美子を傷つける。しかし彼は彼なりにいつでも彼女を受け入れ、二人の時間を確実に作っていく。そして彼が自分の本当の気持ちを見せた時、彼女は「私の好きだったあなたはこんな人ではない」というような態度に出る。監督の話を聞くと「結局恵美子が勝ったのか?」とも思えるバトルだ。
バランスのとれた大人の映画を求めて
一昔前、大島渚監督の時代に芸術映画とされていた作品、特にATG(日本アート・シアター・ギルド)会社に代表されるような作品は少なくなったと監督は話す。60年代生まれの監督も小さい頃、邦画の中での「からみ」のシーンに嫌悪感を持ったり、あの時代に育った多くの人と同じように「日本映画は暗いから洋画がいい」と思ったそうだ。しかし自分が大人になり、そういう懐かしい映画を観るチャンスがあまりないと気づいた。最近は良い作品を作る監督がいながら全体的にチャイルディッシュな作品が多い印象も受けるそうだ。特に主人公がティーンのグループ、高校生の女の子という設定や、テレビ会社のドラマや漫画からの映画化だと資金が集まりやすい。逆にいわゆる大人向けの芸術作品は資金どころか、劇場も抑え難い。単館上映(一本だけ)もなくなったので昔のような映画がなかなか作れなくて寂しいと語ってくれた。
この『海を感じる時』は日本でも好評だった。季刊誌の『映画芸術』で2014年の日本映画のベスト1にも選ばれている。監督によると若い世代は親が育った「昭和時代の恋愛」として素直に受け止めてくれた。逆に主人公と同世代や年配の中には「こんな風ではなかった」と反発する声もあったそうだ。安藤監督は以前『blue』という作品でトロント国際映画祭にも招待されている。今回の『海を感じる時』は新鮮で、今後も他の映画祭に影響を与えそうな作品なので、ぜひカナダでも上映されることを期待したい。
安藤尋監督のプロフィール
1965年、東京都出身。大学在学中より現場に参加、助監督を経て1993年に映画デビュー。代表作に1999年の『dead BEAT』、2003年の『blue』、2007年の『僕は妹に恋をする』がある。『blue』でトロント国際映画祭、2015年『海を感じる時』でロッテルダム国際映画祭に招待・ノミネートされ話題を呼んだ。幅広いジャンルの映画を手掛けるマルチな監督である。
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