吉田大八 監督

吉田大八監督インタビュー

~自由とバランスが大切~

吉田大八監督といえば長編映画の他にテレビCM、ミュージック•ビデオ、テレビドラマ、ショート映画など多様に活躍している。2007年の長編デビュー作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』は、いきなりカンヌ国際映画祭の批評家週間部門に招待され、ワルシャワ国際映画祭でフリー•スピリット大賞を受賞した。また高校生の階級社会を見せた『桐島、部活やめるってよ』や『紙の月』などの作品で、日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀作品賞、東京国際映画祭観客賞など数々の賞も受賞している。今回バンクーバー国際映画祭出席のために来加した吉田監督に話を伺った。

ジャンルも主役も豊富

映画『美しい星』の初日、水曜の夜でレッドカーペットと重なっていたにもかかわらず多くの映画ファンが来場した。主演のリリー•フランキー扮するテレビの天気予報おじさんが登場すると、観客が喜んだ。ある日地球を温暖化から救わなければならないという使命に目覚めた彼は、全ての地球人に人類の危機を訴える。その方法も自前のパネルを昔風に用意したり、独特の決めポーズをとったりと面白い。監督によると、カナダの観客が素直に笑ってくれた後、真剣なシーンでは一切声が出なかったというコントラストが見れて楽しかったそうだ。

「人間は社会的に求められていることをする。普段はフィルターをつけている」と語りながら、「では皮をむいていくとどうなるか」、「2時間の映画の中ではできるだけ皮のむき出し状態で作りたい」と考える監督は哲学的でもある。

登場人物が多く、主人公が一人でないことについて尋ねると、「一人の活躍のためだけに存在する人物は実際にいない」というシンプルな答えが返って来た。この家族のように少しずつ、それぞれの人をフォーカスした描写を重ねていくうちに全体が繋がってバランスが見えてくる。またラストの何が真実かわからない描写について監督は、観客全員が理解できる真実や結論より、全部本当か嘘かと選択できる自由さを求めていると話す。これは吉田監督の持ち味ともいえる。

映画のメッセージはない

映画の後半に父親(リリー•フランキー)と息子(亀梨和也)が言い争うシーンがある。父親と同世代なら共感できる場面だが、子どもや孫の世代に「ただ悪い」と思う気持ちは単なる「エゴ」かもしれないと監督は続ける。例えば親が水、空気、エネルギーなどを好きなだけ使って環境に負債を残しておきながら、子供たち世代には謝って自粛や我慢をしてもらおうと考えること。「自分たちと同じ過ちを繰り返すな」と言うことで自分を免罪しようとするのを次の世代には見抜かれている、と監督は語る。

この映画のために吉田監督はかなりの時間を地球温暖化のリサーチに費やした。だが調べれば調べるほど、これが自然の気候変動範囲によるものか、人間の作ったCO2排出によるものなのか科学的にはっきりと結論を出せなかった。監督自身が考える過程で映画を作り出したので、この映画に明確なメッセージを盛り込んでいない。「センシティブに考える過程は大事」と監督はいう。

上映後、大きな拍手の後に観客からいろいろな質問を浴びせられた監督。お金ほしさに「水」の販売に走った妻(中嶋朋子)に関しては「みなさんも気をつけてください」と答えて笑いを誘った。

最後に、今回カナダで観客と一緒に鑑賞した『美しい星』には監督自身の特別な思い入れがあると説明してくれた。学生時代、三島由紀夫による同名のSF小説を読んで以来、ずっと映画にしたいと思っていて、おそらく監督がこれまでで一番作りたかった作品だ。もちろん監督が現代風の脚本に変えた。「順番は違うけど、この6作目はまるで新人監督が勢いだけで作ったような1本目的な作品」と監督は説明する。できればこの自己紹介的な映画の後に、他の作品を観てほしいと語った。

バンクーバー映画祭の後は釜山国際映画祭に招待されていてまだまだ多忙な監督。来年公開が予定されている『羊の木』は、カナダや世界中の現状に通じるような作品なので大いに期待したい。

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